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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)778号 判決 1970年6月18日

上告人

大阪復興信用組合

代理人

松本茂三郎

被上告人

華僑信用金庫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本茂三郎の上告理由について。

上告人が、その所持する為替手形三通の手形金の支払を右手形の引受人たる訴外大東食品株式会社に対して命じた確定判決の執行力ある正本に基づく差押および転付命令により取得したとして、本訴においてその支払を求めている債権は、前記訴外会社が、右手形を不渡としたことにより取引停止処分を受けることを免れる目的で、支払担当者たる被上告人に対し、右手形金額に相当する現金を手形交換所に提供して不渡届に対する異議の申立をなすことを委託し、右提供金相当額を預託した、その預託金返還請求権である。

ところで、不渡手形金相当額を提供してなす異議の申立は、手形交換規則上、交換手形を不渡として返還した支払銀行(代理交換委託者を含む。)において、不渡が手形債務者の信用に関しないものと認め、所定の時限までに該手形金額に相当する現金を提供して不渡届に対する異議の申立をしたときは、取引停止処分を猶予するものとされていることに基づいてなされる手続であり、右提供金が必要とされる趣旨は、これをもつて手形債務者に支払の資力があり不渡がその信用に関しないものであることを明らかにさせることにより、取引停止処分を回避するために異議申立が濫用されることを防止しようとするにあるものと解される。また、かかる異議の申立が実際に行なわれるのは、本件におけるがごとく、手形債務者が手形金相当額の金員を支払銀行に預託して異議申立手続をとることを委託することによるのが一般であるが、右金員は、支払銀行が委託に応じて異議申立をするために要する提供金に見合う資金として預託する趣旨のもとに授受されるものにほかならない。そして、右提供金は、後日、手形債務者が別口の不渡発生により取引停止処分に付された等所定の事由が生ずるか、または所定期間が経過することにより、いずれにせよ必らず支払銀行に返還されるものであつて、支払銀行の手形債務者に対する預託金返還債務の履行期は、支払銀行が右提供金の返還を受けた時に到来するものと解するのが相当である。

右のような異議申立提供金および預託金の趣旨に徴し、かつ、異議申立手続がとられても手形債権者の手形債務者に対する権利行使自体は何ら妨げられないことにかんがみるときは、これらの金員が、特定の手形債権の支払を担保してその信用を維持する目的のもとに提供されるものではなく、支払拒絶事由の不存在が確定したときは手形債権者に対する支払に充てられるべきものとする趣旨を当然に含めて預託されるものでもないことは、明らかである。したがつて、手形債権者は、右提供金ないし預託金またはそれらの返還請求権について、自己の債権の優先弁済に充てられるべきことを主張しうる地位を当然に有するものではなく、支払銀行の手形債務者に対する預託金返還債務を手形債権者との関係で他の一般債務と区別し、支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもつて右預託金返還債務と相殺することが、手形債権者との関係から制限されるものとすべき理由は、何ら存しない(最高裁昭和三六年(オ)第一七号同三八年一〇一日一日第三小法廷判決、裁判集民事六八号三九頁参照)。

上告理由第一点および第三点は、異議申立提供金および預託金について上述したところと異なり、手形金相当額の金員が、手形の支払を拒絶する理由がないときは手形債権者に対する支払に振り向けられるべきことの暗黙の了承のもとに、手形債務者から支払銀行に預託され、支払銀行から手形交換所に提供されているものと解すべきであるとの前提に立つて、右提供金の返還を受けた被上告人が訴外会社に対して有する反対債権をもつて預託金の返還債務と相殺することは、手形債権者の利益を侵害するもので、信義則上許されないとし、とくに、右預託金返還債権が転付命令により手形債権者たる上告人に譲渡された後においては、その発生事由に基因する債権の性質上、相殺をもつて上告人に対抗することはできないと主張するが、ひつきよう、当裁判所のとりえない独自の前提に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。また、上告理由第二点は、債権の差押転付後における第三債務者の債務者に対する反対債権をもつてする相殺一般について、これを許されないものと解すべきであると主張するが、原審の確定するところによれば、被上告人が反対債権として主張する訴外会社に対する手形債権の弁済期は、上告人が差押および転付命令に先立ち本訴請求債権についてした仮差押の効力発生前たる昭和四〇年七月一五日であり、一方、被上告人が異議申立提供金の返還を受けたのは同年一二月一四日であるというのであつて、同日をもつて本訴請求債権たる預託金返還債権の履行期と解すべきこと前述のとおりであるところ、かかる事実関係のもとにおいては、被上告人が右預託金返還債権の転付を受けた上告人からの請求に対し、前記手形債権を自動債権とする相殺をもつて対抗することができることは、民法五一一条の解釈上、疑問の余地がなく、引用の判例を所論のような趣旨に変更すべき理由は到底見出しえないから、論旨もまた採用のかぎりでない。

かくして、被上告人の相殺の抗弁を容れて上告人の本訴請求を排斥すべきものとした原審の判断は、その結論において正当というべきであり、本件上告は棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

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